« 言葉と真実 | トップページ | 5月の風景(6月なのに!)2/2 »

2012/06/02

5月の風景(6月なのに・・・)1/2



先月は、いつになく集中的に更新してきました。ずぼらな私にしては頑張ったほうではないかと思います。(^^)b
仕事が閑だったとかアクセス増を狙っただとか患者様におだてられてとか、そういう穿った見方は ・・・たぶんどれも正解ですから、あまり突っ込まないでください(笑)。
ですがこのあとはあまり頻繁にPCに向かえなさそうです。またしばらく放置駄ろ愚になってしまいそうなので、一応6月の更新実績を作るべく5月の話題に関連する写真をアップしておきたいと思います。



1
レモンバーベナです。枯れたと諦めて、膝丈くらいまで雑に切り戻しして放置していましたが、GW開けに見ると枯れ枝だと思っていた枝にも新芽が!



2


今ではこんなにワサワサです(^^;)。
背丈は私の腰くらいです。



Photo
芝(ノシバ)にはキノコが・・・ 

2~3坪の地面でも、撮り方とトリミング次第では広大な庭園に見えなくもないから不思議です(見えなくもなくはないか(^^;)。)
よく見るとノシバには花穂が咲き乱れているのか分かります。これが私のクシャミの原因です(T_T)。
紅葉が残った感じの部分が気になりますし、刈った跡もきたないのですが、来週刈るまで放置を決め込みます。




Photo_2
ブラックペパーミントは適当な鉢に枯れ草や吹き溜った砂埃や芝の刈りかすとかを押し込んでコンポスト状態になったところに食材のペパーミントを挿しました。
脱走して暴れないように厳重管理(徹底放置)です。



Photo_3
プランターのカモミールは、邪魔で引きちぎったモノを捨てるに忍びなく挿しておいたら咲きました。

なんだかどれも栽培管理が超簡単で雑草以上に強い種類ばかりぢゃないか・・・と、お叱りを受けそうですね。でも、それが私の流儀です。気候風土に馴染みにくい、難易度の高い種類(例えばゴールドクレストなど)は、たとえ上手く育てられたとしてもそれはお互いあまり幸せな事ではないのではないかと。齢全うさせてあげられる種にしか手を出しません。レモンバーベナでさえ北関東での露地植えに躊躇したくらいなのですから。



Photo_4
昨年のこぼれ種で勝手にプランターに生えたコスモスです。
ちょっと見、ローマンカモミール(混在)と葉が紛らわしいです。



Photo_5
ローズマリーは、太い葉のものと細い葉のもの(どちらも立ち性)がありますが、剪定かすを地面に放置しておくと勝手に着くので、料理やポプリに有効利用(自分ではやらないクセに・・・)出来ない分は、ついつい空き鉢に植えてしまいます(T_T)。



Photo_6
放置するとこんな風に・・・(T_T)。だれか貰ってください。



Photo_7
カモミールは、アブラムシを引き寄せるので、
天敵を住まわせ、周囲の草花を健康にしてくれるので、コンパニオンプランツとして優秀らしいです。植物のお医者さんとも言われる所以ですね。こういった効果があるからこそ放置作戦が生きてくるのでしょう。



Photo_8
わさわさになった地植えのローズマリーの隙間から、たぶんツユクサが生えてきました。
オヒシバやメヒシバ,エノコログサなどが芝に生えたら抜きますが、ツユクサは個人的に好きなので放置する事にします。

写真はありませんが、敷地の北側の砂利にスギナが顔を出しています。これでも4月に随分抜いたのですが・・・根絶は不可能なので共生の道を探ります。


アップしたのはほとんどハーブの類ですね。これらは雑草と言ってもよいほど生命力が強く、中にはあちこちに侵略の手を伸ばす危険な生物兵器扱いされるモノもあります。こんなモノを栽培とか言って増やす事は園芸とは言えないョ!というような意見も多い事でしょう。ですが先に述べたように、その土地で自然に生きられる仲間を、最小限というかある程度コントロールして身近にいてもらう事は、思いの外癒されるものなのです。

高度な管理を要する植物や動物を手元に置く事は避けています。それはどこかに無理がある事をしていると感じるからです。芝刈りの話を書きましたが、単一草種を綺麗に維持管理する事は、非常に不自然な事です。だから手がかかります。雑草を根絶する事も、野菜に虫が付かないようにする事も、いき過ぎればとても不自然な事になります。

生き物は生命活動や健康を維持するために、他者の『命』そのものを食べます。それはただの食物ではあっても、その食物の育った環境だとか風土だとか『心』のようなものもひっくるめていただいているのです。「いただきます」という挨拶(精神)は、料理を作ってくれた人だとかお百姓さんだとかに感謝する事ももちろんですが、『いただく』、『命』そのものに対する感謝の念をあらわす事だと思います。それは宗教だとか思想だとか言語だとか文化だとかに関係なく、生きとし生けるものみんなひっくるめた法則みたいなものに対する畏敬の念だと思います。

それなのに、それをいただく虫を寄せ付けない薬をまいたり、生えたくて生えてくる草を根こそぎ生えないように処理したり。そうして出来た『食物』を、人間は『いただいている』のです。おかしくもなりますよね。だからといって、自然農法がよい、虫のかじった野菜が食べたい、抗生物質漬けになっていない野生の牛や豚や鶏が食べたい、などと極端な主張をする気はありませんが。なんでも経営効率を追いすぎない、『ちょうど良い塩梅』というものがあるのではないでしょうか。






blogランキングに参加しています blogランキングに参加しています

|

« 言葉と真実 | トップページ | 5月の風景(6月なのに!)2/2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 言葉と真実 | トップページ | 5月の風景(6月なのに!)2/2 »