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2014/05/21

愚鈍であること



先週末、近所の杉の木の下に巣から落ちた幼カラスを見つけました。



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先日の強風で巣から落ちたのか、巣立ちの練習で地面にいたのを外敵に襲われたのかも知れません。

怪我をしているらしく、動きが鈍く、近づいても反応しません。
相当弱っているようです。




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梢には親がいて、鳴きながら威嚇して来ます。
枝をくちばしでもぎ取り、こちらに向かって投げ落としたり・・・



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もう一方の親は直接低空飛行で威嚇します。
つつかれたりはしませんでしたが・・・。



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ふと見ると、すぐ近くの車の下に猫が様子を窺っていました。
幼鳥に悪戯して親に威嚇されて隠れたのかも知れません。

この幼鳥は、翌日見ると冷たく固くなっていました。
土の地面でしたから、程なく分解者や自前の分解酵素によって土に還るでしょう。
(猫の餌になっているとは考えにくいです。)
身近にある野生の厳しい摂理を垣間見た気がします。

なぜ助けなかったか。
介入すべきではない世界だからです。
例え見つけたのがトキであったとしても。


野生動物が生存する事が難しい環境を作り出しているのは人間の活動です。
年間4万の種が絶滅し続けている昨今、無邪気に自分たちの利便を追求してきた人間が報いを受けるのは次の世代かもしれませんし、もっと早いかもしれませんが、自然界の多様性を損なってきたツケはいずれ支払わなければなりません。

人間はなまじ知恵があるものだから、物事を頭で理解しようとします。
理解できると、外界をコントロールし、自分の都合の良いように誘導しようとします。

理解不能のものやよく解かっていないものは否定しようとします。
理解の範疇を超えたものに対して、そこにあるのに、目に見えて触れるのに、無かった事にしようとしたりもします。
バカにしようとしたりもします。
往々にして、賢く利口(と、世間的に通っている)な人に見られる行動です。

こうして科学や技術が進歩し、豊かな生活を手に入れられたのは確かです。
野蛮な風習や迷信を払拭してきたという面もあります。

 

肉食獣が獲物を食べるとき、分解の始まった部位から食べるのは、「自己消化酵素が働きアミノ酸に分解されていれば自分の消化酵素を無駄使いせずに済む」とか、「有用菌を摂り入れて健康になろう」とか考えて行動しているのではなく、多分「美味しいから」「ここを食べたいから」「食べやすいから」「ずっとそうしているから」、生きるために本能的に動いているだけでしょう。

 

私が手作り酵素に開眼したのは、今の自分に足りていない「摂り入れるべき何か」がそこにある事を期待しての事です。
良いと信じる理由がひとつあれば、何から何まで理由が解明されていなくともやってみる価値はあると思います。
それが何らかの酵素であれ,補酵素であれ,微生物であれ,単なるグルコースであれVB1であれ、それは後に誰かが解明して説明してくれる時が来るかもしれませんが、「今をよりよく生きる」事につながれば何でもよろしい。

 

上部頸椎のアジャストメントもそうですが、身体の変化はプラスにせよマイナスにせよ、徐々に表れ、本当の結果は数か月~1年後に訪れます。
「今日これを行ったから明日体調良くなる」事を期待して仮にそれが叶ったとしても、その現象自体にはあまり意味が無いものだと思っています。



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坊主になっていたベンジャミン レジナルド
今ではすっかり新芽も葉を茂らせ、太い幹部分からも新芽を吹きだしています。

昨年秋には根詰りで元気を失っていたベンジャミン。
根詰りしたまま数年枯れずに堪えていた筈です。

4月初旬に植替えを行い、多分それが原因で葉が全て落ちたのが4月中旬です。
1ヶ月ほどは光合成すら行われない状態でしたが、今は若葉が日々緑を濃くして行っています。

自然環境の変化も、身体の変化も、このように時間がかかるものです。



今行っている事が、未来にどう影響するか。
全て分かって行動できれば安心ですが、分からない場合、あるいは分かっているつもりでもそれが正しいとも限らないという場合、より分かっている人に頼る事は賢明です。
しかし、そのより分かっている人は本当に全て分かっているのかと言えば疑問です。


矛盾なく説明のつく事が全て正しいとは限りませんし、分かっていなくて説明のつかないことが全て間違えているとは限らないのです。


朝、日の出とともに労働し、日々の糧を得、毎日精一杯生きて、運命を従容として受け入れ、死期を迎える時まで働き食べ寝、時と共に今生を去る生き方があります。
方や、他者や環境を支配し、コントロール下に置くことで自分の利益の最大化を図る生き方もあるでしょう。
それまでの生き方の結果現れる自身の不可逆的変化を拒絶し、不老不死の秘薬を求めて部下を死地に送る権力者の如く、横車を押すように運命に抗い、幻想を追い失望する事を繰り返す生き方もありあます。



現代的な食習慣,運動習慣が弊害をもたらしている事は周知の事です。
多くの種類の素材を食す事は、何が不足か分からない時でも、万遍なく食べる事で摂り入れる機会を増やすことになります。また、知られていない害のあるものがあったとしても、リスクを分散させられる事でもあります。

古くから食されていた発酵食品が昔ほどは食卓に並ばない今、家庭で作る発酵食品の中に雑多な種類の旬の素材を入れた発酵食が加わる事は、内容に関して全てを知っていてもいなくても、足しになるのではないでしょうか(^^)。


だからと言って無暗に他人に薦める事はしませんが(^^)。



食べ物を含め、健康に関する事柄について、あれが良いだの悪いだの言われて久しいです。
クレドというと言い過ぎですが、今のところ、体調の自己管理について私は下のような単純な考え方でやっています。

 

  • 多くの物をよく噛んで食べる
  • 人工的(化学的)な合成物はなるべく摂らない
  • 出所が信用できない加工品(□国産とか▽国製とか)を避ける
  • 腹7分で食べる
  • 命を感謝しながらいただく
  • なるべくおいしく食べる
  • はっきりと害が知られているものはなるべく摂らない(知りつつ摂っているものもある)
  • 熱を加えていない生きた食材を摂る機会を多くする
  • 食べるために労働する事は尊い
  • 食べる為でなくとも労働は尊い
  • 過剰に体を鍛えたり、酷使する事はしない
  • 楽をし過ぎない
  • 歩く(せめて自転車を漕ぐ)
  • 夜はなるべく4時間半は寝る
  • 昼、15分寝る
  • 悪いと言われる事を鵜呑みにしない
  • 良いと言われる事を鵜呑みにしない
  • 流行を追わない
  • 機能は使う事で活きる
  • 要らないモノを捨てる
  • ガラクタを捨てない
  • 持っているものは使う
  • 果報は寝て待つ
  • 愚鈍である事を恥じない


一時期鈍感力という言葉が流行りました。
KYで傍迷惑な図々しさとなるとやや困りますが、適度な鈍さは意外と大切な事で、ある程度の愚鈍さは人間の成熟度に応じて醸成されて、幸せ力を担う土壌になりますね。

達観の境地には程遠いですが、自分は全ての事は知り得ないし実際知っているつもりの事などは取るに足りない些末な事ばかりで、それですら新事実が発見された暁には180°見方が変わってしまう程度の知識であり、自身を含めてコントロールできることなどほんの僅かばかりなのだのだという事。
そしてそれだからこそ生半可な知識や乏しい経験に固執して視野を狭める事無く、感じ方や考え方は常にニュートラルな愚か者であり続けたいと思う今日この頃です(^^)。




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